カテゴリ:思い出( 4 )

ねことこたつ

 10月の声を聞いたとたん、涼しくなりました。
 涼しくというより、こたつが欲しくなる寒さになりました。
 ただ、この寒さも一時的でまた暖かさが戻るというので、こたつを作るのはもうちょっと我慢して厚着で対応しているこのところです。

 以前ねこが我が家にいた頃は、
 寒がりのねこのために、早々こたつをつくっていました。
 目安は10月10日。 そのころ、今は第二月曜日になっている「体育の日」の祝日は10月10日と決まっていましたから、お休みとなるその日は部屋を掃除したり、こたつふとんを出したりするのに都合が良かったのでした。
 それに、10月10日は晴れの特異日で、晴れる確率も高いのです。

 ねこは、私やツレアイがばたばたし始めると、なにが始まるのかわかっていて、そわそわし出すのでした。
 はたきにはじゃれたいけれど、掃除機は苦手ですから、部屋に出たり入ったり落ち着かずにいますが、
 そのうち諦めてどこかに行ってしまいます。
 やれやれこれで仕事がはかどる。

 部屋の掃除が終わり、こたつ布団をとりこんで、こたつに電気コードを取り付けて、ふとんをかけて上掛けをかけて、 さあできた。
 すると、どこで見ていたのか、察知したのか、ねこはとことことやってきて、 きれいにできたばかりのこたつに潜り込もうとします。 
 まったく現金だったらありゃしない。
 温度が高すぎても低すぎても気に入らなくて、ちょうど良いのが弱から強まで7段階あるうちの1と2の間。
 これを我が家では「ねこ温度」と呼んでいました。
 酸欠にならないように少し隙間もつくってやって、人間にはなんともぬるいこたつのできあがりです。

 13年生きたねこがこの世を去ってはや16年。
 野良が縁あって我が家で暮らすようになったねこは何匹もいましたが、
 目も開かないころからやってきて、一番長く我が家にいましたから、折りにふれて思い出すことも一番多いねこでした。
 
 こたつが欲しくなるといつも思い出します。
 
 そういえばノートの裏にスケッチをしました。 我が家にやってきて2ヶ月目くらいのときです。
 ノートが斜めになっていたので、スケッチも斜めになってしまいました。 
 ノートの中はメモがわりのような内容で、とっておく必要のないものなのですが、
 このスケッチゆえにずっと棚に残っています。

 この先うっかり処分してしまっても良いように、スマホに保存しました。 文明の利器はこんなとき役に立ちます。
 
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by kojo-no-mon | 2017-10-07 01:42 | 思い出 | Comments(0)

同級会 2017年9月

<2017年9月8日>

かねての予定通り、同級会に出席です。

場所は丸ビル5階「イゾラ スメラルダ」というイタリアン。
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その、東京駅が見下ろせるテラス席。
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実年齢からワープして、15の昔に戻れるのがいいところ。
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ごめん、ピント甘かった。


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by kojo-no-mon | 2017-09-12 01:13 | 思い出 | Comments(0)

至福のとき

<2017年7月13日>

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さださんのコンサート当日です。

会場内は撮影禁止なので、せめて入り口のポスターを、と思いましたが、
かなり斜めからズームにしたので、私自身は写りませんでしたが、どの角度からでもパネルに景色が写りこんでしまいます。

 『Birthday』から始まりました。
 『絵はがき坂』、『異邦人』、『雨やどり』と続き、『関白宣言』へ。

 『敗戦投手』、
 『つばめよつばめ』はヤクルトスワローズへの応援歌。

 『北の国から』。
  全員立ち上がって、さださんの音頭のもと背伸びのストレッチ。そして会場全体で大合唱。

 ☆『避難所の少年』、『いのちの理由』。

 『晩鐘』、『主人公』。

 『女優』、☆『潮騒』。

 アンコールは『フレディもしくは三教街』。

 この中で一番古いのはアンコールの『フレディもしくは三教街』で1975年リリース。ついで、『絵はがき坂』、『異邦人』の1976年。
 『主人公』が1978年。
 なつかしいと当時に、実に40年以上前の曲にもかかわらず古さを感じません。

 『避難所の少年』と『潮騒』はこの9月に発売予定の新しいアルバムに収められる新曲です。

 トークで大笑いして涙をぬぐい、曲を聴いてじんわりと胸熱くした2時間45分。
 至福のときでした。

 

 
 

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by kojo-no-mon | 2017-07-14 00:13 | 思い出 | Comments(2)

出会いと別れ

 山仲間 I さんの告別式がありました。
 93歳の大往生でした。
 86歳まで太郎山に登っていました。
  
 I さんは我が家の昔からの知り合いでしたが、
 あるとき太郎山に登り始め、
 健康にとてもいいから、と勧めてくれるようになりました。
 まず、母が登り始め、
 ついで父が、
 少し遅れて私が、最後にツレアイが、
 誘われて早朝登山を始めました。
 ツレアイが始めたのが1995年のことです。

 太郎山には同好会のような緩い「山の会」があって、
 春から秋まで、ひと月かふた月に一度、みんなで近郊の山に登る日がありました。
 I さんに誘われて私とツレアイが初めて参加したのは1996年4月。 
 翌5月、2度目の参加で太郎山の東隣、東太郎山を目指したときの写真が、山行写真の記念すべき一枚目になりました。

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 ビールやら、ウィスキーやら、日本酒やらを担ぎ上げて、山の上で宴会。
 居酒屋に集うような山の楽しみ方を、たちまち覚えてしまいました。
 私とツレアイが山にのめりこみ始めたのはそれからです。

 I さんや、特に親しくなった他の仲間と、あちこちの山にも行きました。
 谷川岳、赤城山、立山、瑞牆(みずがき)山、御嶽山、蓼科山・・・
 次々に懐かしい情景が浮かんできます。

 涙がほろりと頬にこぼれますが、
 私は笑顔で心の中で声をかけていました。

 楽しかったね!
 

  

 
 
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by kojo-no-mon | 2017-01-13 02:06 | 思い出 | Comments(0)